ユニバース倶楽部のA to Z G 未練タラタラで胸キュンの場合の対処方法その1

① ファンタジー宣言だぜ

ジョーがこれまで書いてきたコラム?はたびたび「小説のよう」と評されることがあり、小っ恥ずかしい思いをすると同時に「イヤイヤ、決してフィクションではないんだけどなあ」と反論したくなる時もあって、悔しくて地団駄を踏んでしまいそうになる事さえある。

それならむしろ開き直って今回は、小説というより大人の鑑賞に耐え得るファンタジーを書いてやろうと企んでいる。さてどうなりますやら。

ただしファンタジーだからといって全くの空想、もしくは妄想ではない。
花も実もある物語にしたい。
と同時に矛盾しているようだが現実そのままの人間たちやコトガラがオブラートに包まれずに現れることもない。つまりどこにも実在しない人間たち(主に女性)が登場して花も実もあるファンタジーになる予定だ。
そのため一人の「男」の視点から書き進める。実際は男=ジョーだったとしてもだ。

いやはや、もし還暦を過ぎた男が実際に地団駄踏んでいたら(というか年齢を問わず、実際に地団駄踏んでいる人間を男は見たことないが)、醜悪で見苦しいだけだろう。
とは言え男はダテに還暦を過ぎていないから、たとえそういう場面になっても思いとどまるのはやぶさかではないと思っていた。
お気づきかもしれないがこの「思っていた」と過去形になっているのが重要だ。こういう些細な表現の違いがこのファンタジーの肝である。

すなわち男の自覚は思い込みに過ぎず、恥も外聞もなくしかも躊躇なく思いっきり地団駄を踏んだのだった。

それは何の前触れもなく突然起こった。
しかも踏まないと思っていた分、控えめ言っても踏むなどという生易しいものではなくて、フルスロットで地団駄ならぬアクセルを踏み込んでしまったからたまらない。
当然ながら万有引力の法則により、自慢のGT3はスピンの女王ルシンダ・ルーも真っ青の大スピンを起こしてクルクル廻りコントロールを失った(マジ)。そうしてニュートンの正しさを心ならずも証明してしまったのだった。

若き警察官であるショウタ君からは「生きているのが不思議なくらい」と褒められたが(褒められてないかも)GT3は大破し、走行不能。ゴメン、ポルシェ博士。
JAFに牽引されていく愛車を男は呆然と見つめた。幸いGT3とガードレール以外誰も傷つけることなく費用の大部分は保険でカバーされた。

再び既出のショウタ君から「これだけの事故でお縄にならないのは奇跡だから毎月1日のお参りは欠かさないように」というアドバイスを貰った。言われるまでもないことだ。

唐突に話題は変わるけれど、人口に膾炙する逸話として「我事において後悔せず」と宮本武蔵は書いている(らしい)。ちょっとだけヤヤコシイコトを書くけれど、坂口安吾はこの武蔵の言葉を受けて「この言葉の裏には武蔵の後悔が呪のように聴えてもいる」と評した。
若い頃安吾ファンであった男はなるほどと思ったものだが、今は異なる解釈をしている、特に男が思いもかけず地団駄踏んでからは。

要するに後悔したくてもできないのだ、後悔しないのではなくて。だって覆水は盆に返らないから。後悔しても何の意味もないと分かっているから。
男が調べたところによれば、これほどの真理は世の中にそうそうなくて、ケプラーの第三法則並みというのが男の出した結論だ。たとえ男がケプラーの第三法則について何の知識もなかったとしてもだ。その結論が揺るがないことをニュートンなら保証してくれるだろう。

② 八兵衛に限らず人はうっかり何かするものだろうよ

男は八歳の頃から論語を誦じている。昔ほどではないけれど、今でも自然と口に出るフレーズがいくつもある。例えば 「人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患う」とか。嫌味な小学生だったなあと男は述懐する。

嫌味ついでに言うと論語には人口に膾炙された有名なフレーズがいくつもあるがそれらを男が口にしても一般的に無反応なのはサル以下の知能しかないからだろう。いやサルに謝れ、とさえ男は思う。というのも男が高校生の時、同級生に本物のサル(当然?名前はジョージ)がいて、論語に精通していたからだ。そしてジョージの好きな論語の警句は「六十にして耳順う」だった。本来なら中学生に入学できる年齢に達していないはずのサルに過ぎなかったジョージがなぜその警句を特に贔屓にしていたかは未だにわからない。

ただ男が実際に還暦を迎えてから、ジョージ(残念ながら数年前鬼籍に入った)が贔屓にしたこの警句が身に染みる事になった。なぜなら六十を過ぎてから男は他人の忠言に対して「耳順う」事ができなくなったからだ。その具体的なエピソードを披露するのは見栄っ張りな男にとって、ただただ恥ずかしいが、このファンタジーではこれが全ての前提だから避けて通ることができない。

それはアイコから送信されたLINEの中で起こった。とここまで書いて男は突然アイコについてこれまで触れていないことに気がつく。ウッカリにもほどがあるなと実際には口にしなかったけれど、男は八兵衛のように頭を掻きながら心の中で一人ゴチる。

アイコは宇宙倶楽部女子で昨年末にオファーした女子だ。もちろんファンタジー名だが名前の由来は「愛する宇宙倶楽部女子」の最初と最後を取り、「愛子」とし、「愛」は小っぱ恥ずかしのでカタカナを使った。ファンタジーなのに、登場する魅惑的な女子の名がなんのヒネリもないという批判を男は断固拒否する。

アイコは男の心の隙間を埋めてくれた女子である。男のワガママなリクエストをほぼ全て受け入れてくれた。箱根の温泉巡りから始まって、京都へは寺社仏閣巡り。嬉野へ茶摘みに行ったし、津南町の町長選挙応援を兼ねて、田植えにも行った(残念ながら応援した候補者は惨敗した。そしてまもなく稲狩りが始まる。身から出た錆とはいえ、アイコと一緒に行けないのは痛恨の極みだ)。
こうした男のリクエストは地獄の沙汰も金次第の宇宙倶楽部でさえ非常識な部類に入るだろうがアイコは「楽しそう」と言ってどの提案も即答でYesだった。

それなのに逆にアイコからの細やかなお願いに対して男は過剰反応をしてしまった。あろうことか逆ギレしたかのような返信をしてしまったのである。当然だが、男の反応にアイコは呆れ果てて、男は愛想を尽かされた。アイコとしては「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という心境だったかもしれない。

前述したように男は後悔、つまりは反省ができない人間だから未練タラタラだけど、アイコの決断を受け容れざるを得ない。覆水は盆には返らないのである。そして負け惜しみだが、この段階で愛想を尽かされたのはむしろ良かったとさえ男は思う。付き合いがもっと深くなっていたら、それだけアイコをもっと深く傷つけたと思うからだ。

もう一度繰り返す。男は今でも未練タラタラである。と同時にふた周り以上年下の女子に穢い言葉を使ったことがただただ恥ずかしい。おそらくかなり無理をして男のリクエストに応えていたのだろう。恥ずかしいと同時に申し訳ない気持ちで一杯だ。

男はアイコとは付き合う資格がないと思い知らされ、新橋の烏森横丁をとぼとぼと歩きながらまこちゃん本店で焼きトンを頬張りながら一杯352円のホッピーを呷るのだった。

③二人の女子社員

数年前から男は新しい事業に挑戦していた。本来労働意欲が高いとは言い難いが、この事業に何とか道筋をつけて、娘夫婦へバトンタッチをするために頑張っていた。

特にアイコと知り合ってから、彼女の自ら自分の道を切り開く、典型的な肉食系宇宙女子の生き方に刺激を受け、初心に返って働くフリ(ダメじゃん)をした。男の変貌ぶりにビジネスパートナーであるオサム君もびっくり(フリであることはバレていない)で「何があったんですか?」と下卑た笑いを男に向ける。

と言いながら事業そのものは順風満帆とは言い難く、累積黒字化はもう少し時間がかりそうだ。
男は65歳になる年に、 タイで暮らしたいと密かに考えていた。だから時間はあまり残されていないのだ。当然アイコに呆れられ、愛想を尽かされてもクヨクヨしている暇はない。

以上のことをオサム君に話したら、今年になって二人の女子を男の会社に派遣してくれた。
それがミドリちゃんと足立さんだ。「うちのエースですからね、上手に使ってください。これで利益が出なかったらパイセンが猿以下なのは確定ですから」とオサム君はニコリともせずに付け加えた。

一人目のミドリちゃんは28歳で上海生まれの中国系フランス人だ。
フランス人といっても両親ともアジア系(オトウサンは日本人)だから白人の血は入っていなくて、エアーアジアに勤務するCAの様な容貌だ。要するに化粧の仕方がフランス人のイメージするアジア人に寄せている。美人の部類だと男は思うが、化粧の仕方は好きになれない。

彼女は前述したように上海生まれだけれど、小学校1年生から3年生までは横浜で日本の教育を受けた。その後上海に戻り、フランス系のインターナショナルスクルーで高校時代を過ごした。

大学は日本の大学に留学して卒業したから全く癖のない日本語を話す。家庭内ではフランス語、中国語、日本語が飛び交う。日本の大学卒業後はそのまま外資系の投資会社に就職した。
その会社が主催した投資説明会でオサムくんが彼女を発見?し、そのままヘットハンティングしたのだった。男と違ってオサム君は人を見る目が高いのだ。

もう一人の足立さんはアラフォーで日系アメリカ人の旦那さんと男の子と女の子の二人のお子さんがいる。二人のお子さんのうち、女の子の方は障害を持っているので、働き方が自由なオサム君の会社へ転職した。

今はどの会社もAIの使い手は重宝されるが、男の知る限り、足立さんほどの使い手はソウソウいないと思う。

男の会社は銀行ではなく、投資家から資金提供を受けていたから、そのためのプレゼン資料が何より重要だ。以前は男自身が苦労して作っていたが、今は足立さんの担当で、質量共にかつて男が作っていた資料とは雲泥の差だった。

当然ながら結果も悪くなく、それは足立さんに依るところが大きい。さっぱりした性格で無理なお願いをしてもイヤな顔ひとつしないので、大切で信頼できる社員でもある。足立さんと一緒に働くようになってからケチなオサム君が高給で彼女を採用した理由がよくわかった。

二人とも100%男の会社で働いている訳ではないし、実際に顔を合わせることは少ないが、男が東京にいる時には、打ち合わせと労いを兼ねて気軽な店へ食事に誘うこともあった。男の会社はオサム君の会社の一室を間借りしていて新橋にあったから仕事終わりに行く場所は新橋が多い。

必ずオサム君も足立さんも誘ったけれど、オサム君は新しい(ここ重要)奥さんから外食は週二回までに制限されていたし、足立さんの方は障害を持つお子さんがいたので、急な誘いは難しいようだった。そこで自然とミドリちゃんと二人でご飯を食べる機会が多くなった。

ただ二人で出かける場合もデートという感じには程遠く、普段は新橋の気軽な赤提灯が主戦場だ。
しかしその日男はアイコから愛想を尽かされて、さすがにしょんぼりしていたから気分を変えるためにもデートに使える?銀座の焼鳥屋へ向かった。銀座ならミドリちゃんが付き合ってくれるだろうという下心もあった。

④銀座で拝む満月はやっぱり特別だ

「鳥よし銀座店」は16時オープンで早い時間なら予約の必要はなかったから重宝していた。本店は目黒にあり、銀座の他にも支店があるようだが、男はもっぱら銀座店を利用している。そしてこの店の良さはアラカルトの注文を受けてくれるところにある。

最近の高級焼き鳥屋分類される店は予約が難しいだけでなく、おまかせのみのところが多い。もちろん経営者の端くれとして売り上げを安定させたいという気持ちは男にはよく分かる。しかし焼き鳥屋は本来食べたい串をサックと食べてビールを煽るのが王道だから、最近の傾向を男は残念に思っていた。

その点鳥よしはアラカルトウエルカムだ。この日もおすすめを3本ずつもらい、その後2本ずつそれぞれの好みを注文した。男はビールと焼酎水割り、ミドリちゃんは乾杯ビールの後、赤ワイン。基本焼き鳥の焼き手は一人で、ゆっくりと丁寧に仕上げる。多分準備、下ごしらいが重要なのだろう。その為か部位によっては数に限りがあり、すぐ売り切れになるのが残念だが。

焼き鳥屋だからメインの焼き鳥が美味しいのはもちろんだけど、漬物とか山芋焼きなどの野菜類やお酒のアテも美味しいのが嬉しい。締めの親子丼も絶品だが、この日は頼まなかった。接客は付かず離れずの距離感で静かな接客だ。料理について尋ねれば丁寧に説明してくれるが、恩着せがましく?話しかける事はない。もう少しだけ笑顔があった方がいいと思うけれど、決して無愛想なわけではなく、無口な職人タイプの焼き手が多いという事なのだろう。

滞在時間1時間30分で、お代は二人で1万円を少し超える程度。場所を考えれば安い部類だ。決して静かな店ではないがいつものサラリーマンで溢れる烏森の赤提灯とは雰囲気が大きく違うからなのか、みどりチャンも上機嫌だった。「凄く美味しかった。社長、こんなに近いのにどうして今まで連れてきてくれなかったんですか?」と笑顔で口を尖らすミドリちゃん。ヤバイ、可愛すぎるぜ、ミドリ。もちろん男は口には出さない。

そしてこの時間にベロベロになるならロックフィッシュ一択だ。
鳥よしを出た時、まだ六時にもなっていなかった。飲み足りないし、ミドリちゃんとももう少し一緒にいたかった。

いつもなら2軒目に行くことは基本なかったが、この日は男の気持ちを察してかミドリちゃんの方から誘ってくれた。それなら花椿通り角にあるハイボール専門店ロックフィッシュ一択だ。ミドリちゃんは普段からボディータッチが多い方だが、コリドー街を出た段階で腕を組んできた。正直男はこういうのには全く不慣れだから、どんな反応をしてよいかわからない。でも幸せだった。

あっという間にロックフィッシュへ。幸せの時間は長くは続かないという原則をアイコのことを想起しながら反芻し、店の扉を開けた。

ロックフィッシュは小さな店で、4人掛けのテーブルが3卓と立ち飲みスペース。テーブルも空いていたが、すぐに解散するつもりだったから、立ち飲みスペースを陣取る。

そして店の名物銀座ハイボールを注文。その正体は角ハイボールだが、ここの角はサントリーがこの店だけにブレンドしたというのが店主の自慢だ。角自体をキンキンに冷やし、氷を使わないスタイルのハイボールである。正直言うと、烏森口にあるまこちゃん本店のハイボールとの違いが男にはわからない。目隠しで飲んだら区別できる自信がない。
ごめん、マスター。

しかし誰もが気がつく明確な違いもある。値段である。まこちゃんなら値段を気にせず倒れるまで飲むことができるが、同じことをロックフィッシュでやると別の意味で倒れることになる。だって価格差が3倍以上だから。だからロックフィッシュではオトナの飲み方が要求される。

幸い?ツマミが充実しているから悪酔いすることはない。そこらの居酒屋ではお目にかかれない「酒粕入りタマゴサンド」や「スモークサーモン入りビーフン」などが男の好みだ。
この日はすでに焼鳥でお腹は満たされていたから、百合根&トマトだけを注文し、ハイボールの杯を重ねた。

ミドリちゃんと男は歳の差がふた周り以上違う。仕事の話を除けば本来なら噛み合う話題も少ない。しかしミドリちゃんには鉄板ネタがあった。それが上海時代の経験談で何度聞いても男の好奇心を刺激した。

「1995年開校だからそれほど歴史があるわけではないんですが、幼稚園から高校まであってバカロレアにも対応しているんですよ」とミドリちゃん。
「フランス人子弟だけでなく、いろんな出自を持った子がいて今から考えてもユニークな学校でした。中国であるのを忘れるくらい」
「授業はフランス語?」
「基本そうなんですが、私が中学生の時かな、英語のコースもできてフランス語が得意でない子も少数ですが、いましたね」

その後は具体的な授業の話が続く。フランス政府認定の学校だから、教科書は本国と同じ。少し驚いたが、高校時には中国では御法度のはずの天安門事件に関する授業もあったという。
「学校内に一歩入れば、中国ではなく、フランスでした。今から考えると校風も自由で校内で中国政府の批判も平気でした。まあ、学校を出て上海のカフェでたとえフランス語でも天安門の話題はできませんでしたが」。

卒業後は多くの同級生がフランスの大学に入るのにミドリちゃんはいくつもの選択肢の中で、日本への留学を選んだ。日本人であるお父さんがそれを望んだのとミドリちゃん自身も幼いときに過ごした日本の数年間の思い出があまりに美しかったからだという。大学に入ってからは幻滅することも少なくなかったが、「卒業するときこのまま日本に残りたいという気持ちが一番強かった」から日本の企業に就職したのだった。

ミドリちゃんの経歴は男のそれとは全く異なるから、その決断に想像力がうまく働かない所がある。ミドリちゃん自身は日本語がファースト言語で、まず日本語でのフレーズが一番最初に浮かぶ。中国語もフランス語もそして学校時代に一番勉強した英語もネイティブレベルだが、中国語にはフランス訛りが、フランス語には中国訛りが、英語にはその両方の訛りが混じる(当然男には区別できない)。しかし日本語には全く訛りがなかった。少なくとも男にはそう感じられた。それはお父さんとの関係によるという。

「パパは英語はともかくとして中国語もフランス語も上手でないから私と話すときはもっぱら日本語だったんですよ。だから自然な日本語の発音が身についたんですね」
なるほどね、ミドリちゃんはファザコン気味なのだ。

こうして?ロックフィッシュでの時間もあっという間に過ぎた。まだ時間はあったけれど、男には次の予定もあり、解散するのにはよいタイミングだった。まだ銀座のタクシー規制が始まる前だったし。でもミドリちゃんが男を離さない。「社長、もう一軒連れていってくださいよ」と甘えた声で男にしなだれ掛かる。だめだ、こりゃあ断れん。という訳で?男が時々行くシガーバーにいって、ワインと共にアップマンを二人で燻らせたのだった。

実を言うと宇宙倶楽部女子すみれとの約束の時間が迫っていた。既にグラスは変えていたし、十分酔っ払っている。これ以上飲んだらそれでなくても機能が優れていないのにドーピングの効果が全くなくなる。
それで頃合いをみて会計を済ませ店を出た。タクシー規制は始まっていたから乗り場までミドリちゃんをエスコートする。普段ならしないけど、「今日の飲み会は業務だから」と言って栄一を無理矢理ミドリちゃんに渡す。固辞していたから受け取りやすいように?「領収書もらってね」と付け加えた。

タクシーに乗る前、ミドリちゃんがいつものようにビズをする。ただいつもは音だけでの空キスなのに、今日は唇が合わさったかもしれない。しかもミドリちゃんの舌も侵入し、恋人がするように絡めあったような気もする。残念なのは男は十分酔っ払っていたので確信が持てないことだ。だからフワフワした気持ちで男は走りゆくタクシーを見送った。ふと空を見上げると満月。やっぱり銀座の満月は特別だと男は思った。

 

④ ルビコンって思いの外小さい川なんだよね

すみれとの待ち合わせは新橋寄りのホテル。日付が変わった12時過ぎにロビー待ち合わせ
でというのは宇宙倶楽部女子であっても例外的であろう。
ところがすみれは都合さえ合えば時間が遅くても躊躇しない。もちろんお手当は大前提だが、「もしかしてチンコ目当て?」と男に勘違いさせるに十分な女子だ。赤門出身で、稼ぎは悪くないはずだから真の目的が男にはわからなかった。
宇宙倶楽部にはお手当と性欲解消を目的としたすみれのような女子が一定数いるのかもしれない。オッサンたちの勝手な妄想のような気もするが。

兎にも角にもこの日もすみれは絶好調だった。男を認めるとこちらが恥ずかしくなる位、大仰に喜んでみせる。そしてエレベーターに乗るや否や(as soon as possible)スカートを捲り上げ、男の手を秘部に導いた。
既にノーパン、そして特別洪水警報。部屋に入っても勢いは止まらず、男を押し倒そうする。男は外見に似合わず潔癖症だったからそれを何とかやめてもらって、シャワーを浴びた。
でもすみれが催促するので、さっと浴びただけでベッドに戻る。当然のように今度は躊躇なく押し倒され、男のあらゆる場所にすみれの舌が這う。そんな所を舐めた後でキスはしたくないというのが男の本音だが、すみれはお構いなしだ。

男の不特定少数セックスメンバーではすみれとチンチクリンが二代巨頭で改めてそれが証明された夜になった。ムーディーな満月の夜なのに台無しな気もするが、久しぶりのセックスだったこともあり、あっという間に男は成敗される。
もちろんこの程度ですみれが満足するはずもなく、そのあとは旧知である風車ならぬ極太弥七氏にご登場願い、極太の威力ですみれの秘部を慰めてもらって何とか満足してもらった。メデタシメデタシ。

精魂尽きた男の方はバスに湯を溜め、極太弥助とすみれの嬌声をバックミュージックにして
湯に浸りミドリちゃんの事を考える。

あれはキスだったんだろうか。もっと問題なのは舌を絡めたか否かだ。彼女は酔ってはいたけど、正体を失うほどではなかったし、その意図?が男には全くわからない。ミドリちゃんを愛人にしようと男が妄想したことはこれまで1度もなかった。

これが宇宙倶楽部女子なら話は簡単だ。彼女たちは職業がなんであれプロだと男は考えているからだ。例えば今絶叫しながら極太を堪能しているすみれは風俗経験はないと言い張っていたが、どう考えても素人ではない。

だってお手当を前提にしている以上、素人であるはずがないじゃないか。揶揄しているわけではない(褒めてもいないけど)がお互い都合のいい存在だ。宇宙倶楽部では栄一の力が一番偉大なのだ。

一方でミドリちゃんは男の知る限りオトウサマ倶楽部には所属していないはずだから素人である。素人を妻帯者が愛人にする場合、どうすればよいんだろうか。残念ながら男はお金以外の方法での素人との付き合い方を知らない。多分金銭による愛人契約の提案してもミドリちゃんは受けてくれないだろう。

もっと問題なのは宇宙倶楽部女子ならば愛想を尽かされてもそれまでだが、ミドリちゃんの場合はそういうわけにはいかない。万一仕事を辞めると言い出したら、オサム君が烈火の如く怒り、男を許さないだろう。要するに危険すぎるということだ。簡単にはルビコンの川は渡れない。でも実際のルビコンの川って小川程度で、簡単に渡れちゃうんだよね。

⑤先生はセンチュリーに乗ってやってきた。

アイコに愛想を尽かされてから男は自分の振る舞いを振り返る機会が増えた。
洗練された振る舞いができない自覚はあったが、特に還暦を過ぎてから改めて思い返すと男が思っている以上に男女を問わず人間関係を破壊していた。

その一つがお茶の先生との関係だ。

コロナを前後して男は京都に住む機会があった。京都で暮らすというの男の夢だったから今から考えても特別な時間だった。特にお茶を習いたいという訳ではなかったが、何か京都らしいことを始めたいと思っていた。そして縁あって先生と知り合い、入門を許されたのだった。最初の話では新たな生徒は取らないという事だったけれど、体験会ならということで、先生の茶室にお邪魔した。

初対面の時、先生は男に「あなたはお茶に呼ばれたのよ」と言った。男にはその時先生が言った言葉の意味がよくわからなかった。そして今でもよくわからない。
ただどうもお茶の世界はお茶の方から呼ばれて足を踏み入れるものらしい。しきたりや約束事も多いから特に初心者は気後れすることも少なくないが、お茶から呼ばれた人間はあまり抵抗なく、自然とその世界に浸ることができるという。どうも男はお茶から呼ばれた人間の一人だったようで、一時期は熱心に稽古に励んだ。

しかしながら男にはありがちな事だが、周囲の女子とラブアフェアーを起こし、稽古に出にくくなった。かと言って退会したわけでもなく(月謝は払い続けている)1年以上先生の茶室に伺っていない。他にも修復しなかればならない人間関係もあるだろうが、男が最初に思い浮かべるのは先生のことだ。そこで思い切って連絡し、昼食に誘った。この辺りが男のずるい所だが、根拠はないけれど、断られことはないと思ったし、実際二つ返事で承諾をもらった。

男が指定した京懐石の店「いと」は東本願寺の京都駅側の通りの一角にある。
看板は出ていなから偶然見つけることはまずはないだろう。でも一見さんお断りでやたらと敷居の高い店ではない。値段は安くはないが、内容を考えれば十分満足できた。そして30代の若い大将をはじめスタッフのホスピタリティが高い店で、名店が多い京都で男が一番気に入っている店でもある。

約束の時間10分前に店の入り口に立つと後ろから気配がして旧型のセンチュリーが近づいてきた。
男は店の扉に手をかけずに直立不動でセンチュリーのドアが開くの待った。車が停まると運転手のFさんがさっと降りてまず旧知の男に声をかけ、素早く後部座席の左ドアを開けた。

予想通り、先生は和服姿だった。その日の最高気温は35℃超えの予報で既に京都は盛夏が始まっている。先生は淡い青磁色の絽の訪問着を身に纏う。絽目は細く、近くで見ると横に規則正しく透けが走っている。必ずしも派手な色合いではないが先生の上品さが引き立ち、かえって華やか印象を与える。でも本日の真骨頂は帯の選択にある。

帯は生成りに近い白茶の羅。目の粗い織りが絽の端正さをやわらげ、光を受けるたびに細い銀糸がかすかに浮いた。
柄は流水に合わせた水草と小さな露芝で、色は銀鼠とごく淡い青だけ。
帯締めは薄い葡萄鼠、帯揚げは白に近い灰青で、ほとんど見せていない。
派手なものは何ひとつないのに、どこを見ても質のよさが隠しきれない。
六月下旬の湿った暑さの中で、先生のまわりだけに涼しい風が通っているようだった。

「先生、ご無沙汰しております。お忙しい中お呼び立てしてすいません」
男は緊張気味に挨拶をする。
「まあ、ほんまにお久しぶりやわ。お元気そうでなにより。忙しいことなんかあらへんのよ。お声かけてもろて、うれしいわ。それにしても、今日も暑おすなあ」

久しぶりに耳にする先生の京言葉が男の緊張を溶かす。1年ぶりだったが先生は何も変わっていない。

外の気配を察知した旧知のみっちゃんが扉を開け、二人を招き入れた。店内に入り、男と先生を認めるとカウンター越しに大将が深々と頭を下げる。
「ご無沙汰です。本日は遠くからありがとうございました」
男が言葉を発する前に先生が大将の言葉を引き受ける。
「あら、うちはそんな遠うはあらしまへんえ。久しぶりやし、これくらい何でもあらしまへん」と先生が珍しく軽口を叩く。

「それより、この暑さがこたえますえ。ほんま、年々暑うなってるような気ぃしますわ」
「ほんとそれですね。どうぞおかけください。今日は先生のお好きな八海山のスパーリングをご用意できます。まずお飲みになりますか?」

この店へ男を最初に連れてきたのは先生だ。先生は毎月足を運ぶ常連だから大将は先生の好みを熟知している。
目の前に翡翠を透かしたような美しいキリコが置かれ、大将自ら少し白濁した泡を注ぐ。そして乾杯。もちろん美味しいし、瓶内で二次発酵しているので発泡酒にありがちな気の抜けた感じは全くない。男は一気に飲み干すと不躾だと思ったけれど、我慢できず、大将にお代わりをお願いした。

一息ついたところで、コースが始まる。先附は飛魚のなめろう。自家製のポン酢をベースに叩いたなめろうのまわりには香味野菜が散りばめられる。見た目の美しさもさることながら、飛魚の弾力感と香味野菜のシャキシャキした食感が合わさり、そのハーモニーが口の中に広がる。
八海山との相性も抜群で、口に運ぶほどに食欲が増す感じがする。今日は男がホスト役だし、久しぶりだから、つもる話もあるような気がしたが、こんなに美味しいものを口に入れたら自然と無口になってしまう。

「美味しいものを食べると無口になりますね」
「ほんまに。久しぶりにお目にかかるし、どんな話をしようかしらとあれこれ考えてきたのに」
すぐにまた沈黙が流れ二品目として揚げ物が目の前に置かれた。
アスパラ、エビ、そら豆。彩りが夏らしくさらに食欲を誘う。食べる前から美味しいのがわかる一品だ。

この店の特徴は野菜に関しては大将自ら生産者を訪ね、仕入れていることだ。添えられている五島灘の塩も例外ではない。ミネラル分が多く、まろやかな味わいの塩で、食材の旨みを引き出す。こんな料理を出されては飲まずにはいられない。既にグラスは空になっていたから、男は蒼空を、先生は写楽を注文した。

お造り、お椀、焼き物と続く。どれも素晴らしく男も先生も感嘆の声をあげる。その間に少しずつお互いの近況を話し、だいぶ最初の気まずさはほぐれてきた。締めのしらすご飯と甘鯛の西京焼き、赤だし、香の物が出てくる頃にはすっかり打ち解け、会話が弾んだ。
先生は男が京都にくる機会の減ったことを残念がった。そして最近男がしばしば訪れる鹿児島の話題に及ぶとびっくりするぐらいの関心を示す。

「娘が鹿児島にいてますの。孫の顔も見に、鹿児島まで行ってみたいもんやわ」
話の展開上NOとは言えない男は「是非是非」と返すが、先生は男の受け答えを社交辞令と受け取ったのだろう。先生は社交辞令を許さない。だから先生はすぐに淡い鼠色の絹地に小さな秋草を刺した巾着袋の紐をほどき、中から手帳を取り出した。そしてあっという間に翌月鹿児島での予定が決まったのだった。

「市内からは少し距離がありますが、ご興味があればいま手がけている養殖場をご案内しましょう」
「それはうれしいわ。孫が釣りに夢中なんどす。きっと喜ぶことやろねえ」
思い掛けない展開になったがこれで少しだけ不義理の穴埋めになるなら何よりだ。躊躇したけど、先生に連絡をとって再会したこと、そうしてこうやって関係が復活しそうなことを男は心から喜んだのだった。

デザートは自家製杏仁豆腐、夏みかんのジュレ、そしてきな粉の落花生。既にお腹ははちきれそうだったが、当然別腹である。
今日も大満足だった。大将やその他のスタッフにも声を掛け店を出るとすでにセンチュリーは到着していた。店先まで見送りに出ている大将その他のスタッフに改めてお礼を言って、先生と男はセンチュリーに乗り込んだのだった。

⑥酒樽の茶室にて

先生のセンチュリーは2代目で最新型のように全てをパネルで制御するのではなく、アナログ式で、それがこのセンチュリーに乗り続けている理由の一つであるという。本皮シートではなく、ウール系の布張りなのは夏冬の温度差を小さくするための工夫だ。運転するためではなく乗るための車だから後部座席の快適さは言うまでもない。

先生に会う約束をしたとき、「いとで食事をした後は拙宅へいらっしゃい」と言われていた。決して高圧的ではなかったが、男に有無も言わせない物言いではある。先生はお点前を披露するつもりなのだろう。だから男のバックには懐紙入れと白足袋を忍ばせていた。食事前の緊張が再び蘇る。

途中渋滞のあったが、先生の豪奢な自宅には40分ほどで到着した。案内されたのは本宅にあるお稽古もできる広い茶室ではなく、庭先に設えた酒樽で作った小さな茶室だ。先生の家は数代前まで造り酒屋を営んでいて、そのとき使っていた酒樽を茶室にしたものだ。もっぱら接客用の茶室で、特別なお客のみを案内するという話だった。もちろん男は初めて招待された。

靴下を脱ぎ白足袋に履き替えて先生に続いて男は小さな引き戸から屈んで茶室の中に入る。
第一印象はとにかく狭いということ。正面に向かい合って座ると先生の吐息が感じられるくらいの空間しかない。六月だから炉は閉じていて、畳の上に風炉があった。事前に準備しておいたのだろう、既に湯が湧き、静かな音を立てていた。

風炉だったけれど、炭火を起こしているのだから狭い茶室内は熱気を帯びている。男の額からは汗が吹き出していたが、先生は表情を変えずお点前の準備に取り掛かっている。男の方はゆっくりと座布団に正座する。久しぶりの正座だからもっと難儀するかと思ったが、すんなりと座ることができた。正座はお茶を始めるに当たっての第一関門だが、慣れることが何より肝要だ。個人差はあるが不思議なものである日突然、難なく座れるようになるものだ。

かつて男が熱心に稽古へ通っていたころこれを経験したが、その直後にお茶から遠ざかってしまった。しかしその時の感覚がいま男に戻ってきた。

男はお点前の準備を進める先生の手さばきを飽くことなく見つめた。当然だがその所作に無駄な動きは一切ない。自然と稽古に励んでいた頃の先生の言葉が男に蘇る。先生は「茶道では省略できる所作は一つもない」とよく言ったものだ。その後で「作法の順序を入れ替えることもできない」とも付け加えた。

周囲は静寂に包まれ、茶筅を動かす音だけが、さらさらと小さく畳の上に落ちる。やがて先生の手が止まり、茶碗が正面になるよう整えてこちらへ差し出された。

淡い灰青の釉薬をまとった茶碗だった。形はわずかに歪み、口縁にもかすかな揺らぎがある。その不揃いさが、かえって掌に馴染みそうな柔らかさを感じさせた。内には鮮やかな緑の茶が満ち、表には細かな泡が一面に立っている。中央だけがわずかに深い色を残し、湯気とともに青い香りが静かに立ち上った。

「どうぞ」
先生の声に促され、男は一瞬ためらうように茶碗を見つめた。これほど近くで先生の点てた茶をいただくのは初めてだった。両手で受け取ると、器には思った以上の温かさがあり、その重みまでが妙にありがたく感じられた。教えられた通りに茶碗を回し、そっと口をつける。ほろ苦さのあとに、かすかな甘みが残った。

「おいしい……」
思わず漏れた言葉に、先生は何も言わず、ただ少しだけ目元を和らげた。それを認めた男もほっと息をつく。そして改めて先生の言葉を反芻していた。

自分の所作には全く自信がなかったが、先生は何も言わなかった。その事でかえって茶道における所作とその順序の重要性がわかった気がした。また男はお稽古を再開したいと強く思いながら、先生の家を辞したのだった。

⑦二条城に似合うのは月見草ではなく、立ちバックだ

これで終わらないのは男のいい所だと自分自身は思っている。
先生の所を辞した男は二条城そばにある老舗ホテルへと向かった。このホテルは航空系で開業40年が経過しているから建物は随分とくたびれている。

だからなのかハイシーズでも比較的予約も取りやすく、値段も手頃だった。まして6月はオフシーズンだからフロントはガランとしていた。確かに建物は古かったが、メンテナンスは平均以上のレベルだし、お部屋は昭和スタイルで、ゆったりとしていてむしろ男の好みだ。
中華レストランと鉄板焼き屋もあってどちらも値段も含めてホテルレストランとしては及第点だ。もう少し評価されてもいいと思う。ただオサム君によれば経営母体は変わったようで、近いうちの大幅な改装があるのかもしれない。

エリコは東山が西の方角に見える場所に住んでいる。男が京都にいた頃は毎週のように会っていた。それが男が京都を離れてからはすっかりご無沙汰で、今日は約1年ぶりの逢瀬だ。

約束の7時丁度に部屋のベルが鳴る。まるでデリヘルを呼んだみたいだが、やろうとしていることは全く変わらないのかもしれない。エリカの出立は大きくスリットの入ったロングスカートとシースルーのブラウス。相変わらずエロい。

部屋に招き入れると挨拶もそこそこに全力のキス。こういう所がエリカの美点だ。さっとシャワーを浴び、ベットに移動したらやることは一つ。
男は自分の技量に全く自信はなかったが、エリカはすぐに吐息を漏らし、やがてそれは絶叫に変わる。秘部からは既にイヤラシイ液体が溢れ出している。

準備万端になったところで上になっり、下になったり、横になったり。エリカの反応は素晴らしく、もしこれが演技だとしたら(その可能性は十分あると思う)男は何も信じれれなくなるから、追求したことはない。時に液体が溢れるというより噴き出すこともあり、流石に演技だとは思えないけれど。

ベッドから窓際に移動する。男は窓枠に手をつかせて、エリカを後ろから攻める。実をいうと男の予約した部屋からは二条城は拝めないのだが、二条城に似合うのは月見草ではなくこの立ちバックだ。

エロい時間はあっという間に終わる。そしてその後はピロータイム。互いの近況を語り合う。エリカは経営者で数店舗展開をしていたが、コロナの時に閉めた店を最近復活させたそうだ。
エリカが宇宙倶楽部に入会した動機はコロナ時、資金繰りに苦しんだことだった。何人かオトウサマを確保した後すぐに退会して今に至る。

女子がリスクを払って宇宙倶楽部に入会する理由を男は訝るときもあったが、エリカの様な入会動機の女子が一定数いたのだろう。エリカの趣味は車で、毎年のように買い替える。昨年末、最後の現行モデルが納車されたそうで(1年以上待ったそうだ)その魅力を飽くことなく男に語る。

男の方はお昼がご馳走だったから食欲はなかっがエリカが望んだので、中華をルームサービスで注文した。好き嫌いがなく、なんでも美味しく、そしてお酒も楽しめるのが、エリカの美点だ。

一方で男は愛想を尽かされたアイコに思いを馳せた。アイコは好き嫌いが多く、少食でお酒の好みもうるさかったからお店選びはいつも気を使ったし、楽しめないことも少なくなかった。
エロと同じくらいご飯を楽しむことに重きを置く男にとっては残念なことだった。それでも男は今でもアイコに未練タラタラだ。後悔はできないし、もう付き合いを再開することは不可能だと分かったいるのに。

突然今日でエリカとは終わりにしようと男は決意した。セックスは素晴らしいし、エロさも男の好みだし、食事も楽しめるはずなのに、アイコと会っている時のようにはときめかない。それだけが理由ではない気もするし、気持ちの整理はついていなかったがこのままズルズルと関係を続けてもお互いいいことは一つもないのは確かだ。

そこで男の気持ちをエリカに伝えた。エリカの方も考えていたのだろう、男の意向をすんなりと受け入れてくれた。いつもの倍のお手当を支払って、五目揚げ焼きそばを追加注文する前に解散した。タクシー乗り場まではエスコートして、多めのタクシー代も渡した。男が見送るといつものエリカなら大きく手を振るはずだが、今日は前を見据えたままだった。タクシーが消えていく反対側に男が目をやるとライトアップしている二条城が見えた。治がなんと言おうとも二条城には立ちバックがよく似合うと男は痛感したのだった。

 

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