ユニバース倶楽部のA to Z D 旅の作法

①   今回のテーマは旅

A to Z と名打つからには「旅」について触れないわけにはいかない。

なぜって少なくないオトウサマ達は倶楽部女子との目眩く旅を夢見て入会してくるからだ。もちろんジョーもその一人だ。というより女子との「旅」は八年前倶楽部入会の大きな動機の一つだった。

これから書くことは「何の告白だよ」と突っ込まれそうだが、自分の人生を振り返ってみると女性と洗練されたお付き合いをした記憶がなく、誰もが経験するというモテ期がやってきたこともなかった。還暦を過ぎたからどうやらジョーにはモテ期がやってくることはなさそうだ。もちろん残念なことで、この件に関してジョーは無神論者だ。

とはいえ少数ながらその時々でジョーの好意を受けれてくれた女性もいた。何の自慢にもならないが(本当は自慢だけれど)結婚後も2名の女性がジョーの好意を受け入れてくれてイヤラシイことをしたりしなかったりした(どっちやねん)。回数は多くはなかったけれど、国内外に旅へも行った。その時はイヤラシイ事しかしなかったような気もするが、ジョーの心に深く刻まれた思い出であることは間違いない。

二人とも旅を含めて日々のお付き合いではお手当てなるものは発生しなかった。でも色々あってお別れするときはまあまあの金額を提供せざるを得なくなった。そのうちの一人はそのお金で地元では評判の高層マンションの上から数えた方が早い階のお部屋をご購入あそばれ、二人のお子様にも恵まれ幸せにお暮らしになっていると推察される。ご同慶の至りだが、そのマンションを見上げる度にジョーの目から落涙するのはどうしたことだろう。
理由は簡単だ。だって約80m²内、38m²位は本来ならジョーのものだからだ(ジョー調べ)。

「頭金が欲しい」というから提供したけれど、頭金ってせいぜい二割だよ、どういうこと?

②   宇宙倶楽部における旅の作法

このように少しアクシデント?がありつつも兎にも角にも無事宇宙倶楽部に入会を果たし、「ああ、これで再び女子と旅に行けるんだなあ」と思ったものだ。しかし入会当時は知らないことが多過ぎた。

その最たるものはお手当に関することだ。ジョーは旅に連れて行くこと自体がお手当と考えていた。何の言い訳にもならないが、入会前、旅した女子はジョーの費用で(当たりパイ、オッパイ)豪華な旅に連れて行った。そしてそれは女子に対する感謝の気持ちでご褒美のつもりだった。女子からもそのような反応をしてくれていたし、旅先でブランド品をプレゼントすることはあってもお手当をおねだりされたことはなかったからだ。

ユニバース女子と旅する時、最初に驚いたのは別途お手当を要求されたことだ。しかしながらよく考えてみれば(よく考えなくても)宇宙倶楽部はお手当を前提とする場所でその基本思想はTime is Moneyだからその要求は当然である。

それでも曲がりなりに8年間会員でいるから(苦笑)、さすがのジョーも学び、少しだけ成長した(はず)。だから旅に誘ったり、誘われたりした時、まずするのはお手当の話だ。ここ数年は旅に関するトラブルはないと自分では思っている。

③   旅とDNA

例えばオサム君や他の女子からも「どうしてそんなに旅に行きたがるんですか?」と尋ねられることがある。ジョーの回答は明快だ。

「DNAに組み込まれてるいるから」

約30万年前、アフリカで誕生した(アフリカ起源説)ホモサピエンスは長い時間をかけてアフリカを出て世界に広がっていった。ネアンデルタール人やデニソワ人と交雑を繰り返しながら現在に至ったというのが有力な説だ。

アフリカを脱出したのは環境の変化や社会的な変化など様々であったことだろうし、この脱出は旅とは呼び難いものだったかもしれない。しかしこの時以来人類は放浪=旅するDNAを獲得したのは間違いないとジョーは信じている。

確かにDNAには組み込まれているんだけど、宇宙女子がオッサンと旅に行きたいかは全く別問題だ。要するに「地獄の沙汰も金次第」である。ジョーに言われたくないだろうけど、男女会員にはお手当の件を事前確認することをお勧めする。肝は各自の予算の中でケチらないことだろうがこれが、思っているより難しいんだよなあ。

④   今回の旅はインドネシア

オサム君は金の匂いに敏感だ。そして経緯は全く分からないがインドネシア方面に彼の嗅覚が反応したようだ。だから「パイセン、来月ジャカルタ集合!」と言われれば断ることができない。
ジャカルタを含め、インドネシアには行ったことがない。この国に関しては限られた知識しかない。人口は約2億8千万(世界第4位)、無人島を含め数万の島々で構成され、人口の90%がイスラム教徒。ジャカルタは常に渋滞で大気汚染も激しいとも聞いていたからオサム君から誘われなかったら行くこともなかっただろう。

ただ一つだけ興味をそそられる場所があった。それは同じジャワ島内のジョグジャカルタにある世界三大仏教遺跡であるボロブドゥール遺跡だ。長年機会があれば行ってみたいと思っていた。そして今回がその機会だと思ってオサム君に相談すると、ジャカルタは同一行動、その後はジョグジャカルタとバリ島に分かれて行動することになった。

そうと決まれば今度はジョーの妄想力?が発揮される番だ。バンコク在住のサワコに連絡を取る。「ボロブドゥール遺跡に行こうよ」というわけだ。
サワコの魅力は返信の速さとフットワークの軽さ。ジョーが示した日程を含めた提案に素早く反応し、「調整します」との返信。数時間後には「調整完了」の追信。あとは細かな時間調整をし、Wiseでフライトチケット代を送金した。サワコに会えると思うとジョーのささやかなチ◯コが控え目に反応する。

予想通り、ジャカルタではオサム君に連れ回され怒涛の3日間を過ごした。オサム君は一秒たりとも無駄にしないという思想の持ち主だから、予定満載。お陰で充実していたし、刺激的でもあった。予想以上にエネルギー溢れた邦人が活躍していてもうしばらく日本は大丈夫じゃないかとさえ思えた。ただしオサム君との同一行動は3日が限界。ホウホウの体でジョグジャカルタに逃げ出したのだった。

待ち合わせはジョグジャカルタ空港。サワコは昼過ぎの便でやってきた。出口で彼女の登場を今か今かと待つ。ジョーはこの時間が大好きだ。ややあってサワコ登場。ジョーを認めると満面の笑みで手を振りながらジョーに近づいてくる。格好はジーパンに大きな胸と形がよく分かる白いタンクトップでサングラスをかけている。相変わらずエロい

お互い「久しぶり」と言いながらハグ。そして舌を絡めた長いキス。二人の間に海外での旅では浮かれポンチになるという暗黙のルールがあり、人前でもキスをしていいことに?なっている。

今夜のお宿はアマングループのホテル。空港にはホテルリムジンがお迎えに来ている。プール付きのお部屋で一泊2000ドルだからお迎えサービスは当然か?本当は完全に予算オーバーなんだけど、久しぶりに会うサワコだから奮発した。

空港からホテルまではおよそ1時間半。空港は新しくオープンしたらしく周辺の施設は真新しく最新のシステムになっている。少し進むと道幅が徐々に狭くなり、ジャカルタほどではないけれど、ところどころ渋滞。ホテル周辺は離合するのにも苦労するほど、道幅が狭くなり、野菜畑と人々の家々が連なる。

その風景を見遣りながら車内では互いの近況報告。バンコクに住む韓国系の彼氏とは先月別れたそうで、その理由が「チンコが小さくて早漏だから」というのはいかにもサワコらしい。
今はアメリカ人に口説かれているそうで、体の相性を確かめてから次の段階に進むサワコには珍しく「まだやってない」とのこと。ほんまかいな。

ホテルに到着すると、エントランスで二人のスタッフが出迎える。一人は僕らの荷物を受け取り、運んでいく。中に入るとさらに両サイドにスッタフが並んでいてフラワーシャワーを受ける。

正直このサービスはコッパ恥ずかしい。そしてマネージャにデスクへと案内され、チェックインの手続き。この一連の流れはアマン流でスムーズなことこの上なし。ただ、ジョーはこういったサービスに慣れていないから、恐縮するばかり。本音を言えばもうちょっと簡素化してほしい。

部屋に案内されても過剰?サービスは続く。ウエルカムドリンクは冷たいジンジャージュースと温かいティーセット。インドネシアのお菓子と果物も。部屋の説明は省略して貰って、チップを渡して退散してもらった。僕らにはやることがあるんです(笑)。

スタッフが退散するとプール付きのビラに声を挙げるサワコ。無駄に広い。バルコニーにはプールボロブドゥール遺跡を見渡すことのできる素晴らしい部屋

早速服を脱ぎ散らかして(苦笑)シャワーがわりにプールへと飛び込む。元スイマーであるサワコには狭すぎるプールだが、in& outなら広すぎるくらい。キスとアイブを繰り返すとお互いの吐息は荒くなり、すぐにサワコの官能的な喘ぎ声が響き渡る。

そしてサワコをプールサイドに腰掛けさせてin。すぐに果てそうになったから一旦クールダンして、シャワーを浴び直してベッドに移動。そこでも快感の波はすぐにやってきたが、必死のバッチで耐え、サワコの腰使いを止めつつ、日本から持参した遠隔操作機能付き吸引器も援用して「中にいっぱいちょうだい!」という掛け声?と共に二人は果てただのだった。

⑤   旅先での食事

シエスタの後はホテルのレストランで夕食。ドレスコードはそれほど厳しくないようだけど、短パンにサンダルというわけにはいかない。ジョーは無難にスーツに着替え、靴も履き替える。サワコはブルーのワンピース。胸元は大きくあいているけれど、上に淡い色のカーデガンを羽織っているから下品には見えない。時間をかけて髪をアップすると色気がグッと上がる

レストランでは希望してオープンテラスに席を取ってもらう。テーブルのランプがサワコを照らし彼女の妖艶さが増していく。二人それぞれに二種類のメニューが手渡された。宿泊費に比べると料理その他の値段はそれほど高くはない。ただ、ワインの値付けだけがふざけていてジョー一人なら絶対にオーダーしないけれど、ワイン好きのサワコにはジョーの念力は届かないだろう。それでも「まずはビールだよね」ということになり、ローカルビール(残念ながらドラフトはない)を注文して乾杯。料理は僕らでも知っているインドネシア料理をスタッフと相談しながら注文した。

注文したどの料理も洗練されていてすごく美味しかった。むしろ洗練され過ぎていて例えばバンコクの屋台で感じるような野生味と違和感は全く感じられない。東南アジアでは度々起こる腹痛もここでは起こらないだろう。注文した料理は全て「ローカルフード」にカテゴライズされているが、これほど似て非なる料理も珍しいかもしれない。

そもそもこのホテルがインドネシアではない。周辺の環境に溶け込むような設計がこのグループの基本思想だが、この思想ほど不自然な思想はないのかもしれない。
時期や部屋タイプによるが、ジョーが予約したときは一泊2,000ドルだった。これはインドネシア農村部に住む農民の平均的な年収である。これは後から聞いた話なのだが、このホテルのインドネシアスッタフの年収はマネージャークラスでも一万ドルを少し超える程度だそうだ。アマングループは好きなホテルだが、東南アジアのアマン系ホテルに宿泊すると経済格差について考えざるを得ず、自分が優越感に浸っているようで(実際そうなのだろう)あんまりいい気分で無くなってきた。と言いつつ、食後はめちゃくちゃイヤらしいことしたんですけど(苦笑)

⑥   ボロブドゥール遺跡はおすすめ

翌日は4時前に起床。ジョーにとってはこの旅のメインイベントであるボロブドゥール遺跡早朝ツアーに参加するのだ。サワコと共にホテルの車で遺跡公園内に入り、スタッフの案内でレセプションで受付を済ませる。この時になってシステムに気が付いたが、このツアーはガイド付きのみで自由に散策することはできないらしい。

レセプションには西洋人を中心に数十人が待機していて約十名に一人ガイドがついてツアーが始まる。英語の案内がデフォルト。僕らのグループはイギリス人、ドイツ人、ポルトガル人、スペイン人のカップルだった。東洋人は僕らだけ。遺跡保護のため、ツアー費用に含まれているサンダルに履き替えツアーは始まった。

日の出前の暗闇の中、ガイドに続いて遺跡へと進む。ボロブドゥール遺跡は三層に分かれていて基層は欲界第二層は色欲界第三層は無欲界を表している。基層から第三層までは約35メールでビルでいえば10階くらい。まずは中央の階段から一気に登っていく。手すりに捕まりながらも息を切らして登るジョー。それに対してサワコの足取りは軽く、改めて二廻り以上の年の差を改めて感じた。

最初に無欲界(悟りの世界)へ登るのはご来光を拝むためでもあるけれど、悟りの世界から下界を眺め、再び下界に戻ることで悟りの契機とするという仏教的な意味合いもあるとはガイド氏(こんな難しい英語をジョーは理解できません。翻訳はサワコ)。

頂上に到着すると視界が開け、緑に囲まれた風景を確認できるし、活火山である、ムラピ山が見える。そして8世紀に建立されたこの遺跡は10世紀のムラピ山の噴火によって埋もれ、長く忘れられた存在になった。これもガイド氏の説明。

もちろん第三層からの眺めは魅惑的なのだけれど、ジョーにとっては73基に及ぶ穴あきストゥーパ(仏塔)の方により興味が湧いた。ストゥーパの中には仏像(坐像)が鎮座していてガイド氏によればそれぞれの仏像はメッセージを持っているそうだ。さらに位置する東西南北でその意味合いも異なるという。

一つだけストゥーパが切り取られ、中の仏像がはっきりと確認できるものがあった。優しいお顔の坐像で、しっかりと印を結んでいる印象的だった。
そうこうしている内に日が上りはじめ、雲の合間からオレンジ色の日が差し込む。ガイドに促されて次々と撮影会。西洋人カップルたちはキスシーンをご来光に合わせて撮っている。本来ジョーにはこんな写真を撮る習慣はないけれど、外国では浮かれポンチになるというルール?に基づき、カメラに収めた。

その後は第二層最下層に案内され、最後は周辺を巡って、東西南北の遺跡の様相を見上げる。エンターテーメントとしてはご来光を拝むのがメインなのだろうけれど、遺跡の魅力を知るには周辺を巡り、ボロブドゥールを見上げるに限る。ボロブドゥールは本来祈りの場であり、立体的な曼荼羅世界を体験することで信仰を深めるのが最大の目的だからだ。少し残念なのは遺跡保護のためには仕方ないのだろうけれど、ツアーのみで自由に散策することはできないこと。ガイド氏は急かせることはなかったけれど、それでも時間的な制限があり、建築の威容さに圧倒されながらぼんやりしたり、座禅を組んで暫く瞑想に耽ることは不可能だ。

そして一番残念なのはここが祈りの場ではないということだ。前述したようにインドネシアの90%はイスラム教徒だから、鑑賞の対象であっても祈りの場ではない。よく整備されているが、どこかよそよそしい感じがした。これがタイの仏教施設アンコールワットならば祈りの場でもあるから、宗教的な荘厳さが全く異なる。もう少し言えばジョーはヨーロッパの教会が好きだが、それは信者たちが祈りを捧げているから異教徒である人間にも感銘を与えるのだろう。

とは言え、ツアーの内容には概ね満足。最後はレシェプション横にあるレストランでバイキングスタイルの朝食を食べてツアーは終了する。僕らはコーヒーだけ飲んでホテルに帰り、朝食を食べた。

⑦   ジョグジャカルタ市内へ

朝食後、ジョーはオサム君の命令?でジョグジャカルタ市内へ会社訪問。サワコはホテル内でヨガ教室に参加し、アロママッサージを受け、ティーセレモニーを楽しむという。

ジョグジャカルタ市内にはグラブで移動するつもりだったけど、訪問先の会社が迎えにきてくれた。迎えに来たのは会社のマネージャーで日本への留学経験もあるステファン。流暢な日本語でジョーに挨拶をする。お祖父さんが日本人でクオーターとのこと。言われなければ日本の血が入っているとは思えない外見だが、イケメンである。何より、これから日本語でジョグジャカルタを案内して貰えるのは本当に助かる。

市内中心部までの車内では互いの情報交換?に花が咲いた。
インドネシア人ならすぐわかるそうだが、ステファンという名から彼はインドネシア人の90%を占めるイスラム教徒ではない。プロテスタントで、日本の奨学金制度を利用してICUに留学したそうだ。「三鷹はジャカルタと同じくらい詳しいです」と笑う。奥さんはICU時代に知り合い、同じくインドネシアからの留学生。一つ年上だという。

ステファンの会社は本社はジャカルタにあるが、ステファンは38歳でジョグジャカルタのマネージャーを任せられている。オーナーは日本人のT氏(オサム君の親友)で、普段は日本にいる。ステファンの奥さんも働いていてインドネシア人に日本語を、現地法人駐在員にインドネシ語を教えている。

オフィスは真新しいビルの一角にある。ステファンの案内でオフィスに入ると、20数名のスタッフが全員日本語で挨拶をする。一人を除いて全員インドネシア人で、その多くが20代だ。活気に溢れている。ちょうどランチタイムで、ジョーの分も用意されていてみんなで食べた。少しピリ辛だったけど、これがインドネシアの味なのだろう、ボリュームもあり、ジョーの口には合う。本音を言えばビールが欲しいところだけど、ステファンを除き全員イスラム教徒なのでお酒は飲まない

食事中、社員たちはジョーに日本語で話し掛ける。日本語能力には濃淡があったけれど、一生懸命という点は共通していたから話していて飽きることはなかった。全員が大卒で野心家でもある。

ランチタイム後は本社のジャカルタ、社長のいる東京を結んでのネット会議。そしてバリからはオサムくんも参加。すべて日本語で行われた。社員たちは全員パソコンを開き、何やら一生懸命に打ち込んでいる。隣のマボラ君の画面を覗き込むと全て日本語で打ち込んでいる。日本語検定1級で、ステファンに次いで日本語能力が高い。会議の最後にはT社長に促されて、ジョーとオサム君が挨拶し、会議は終了した。会議の質も高く、これからもっと大きな会社になっていくだろう。

その後もステファンが通常の業務内容を説明してくれた。ジョーのリクエストで、取引先も案内してくれて、他社のオフィスを訪ねることもできた。共通するのはどこもかしこも熱気に溢れていること。人口の多さもあるし、次の時代はインドネシアなのかもしれない。日本もうかうかしていられませんな。

あっという間に夕方になり、そろそろ帰ろうかという時、ステファンが思いがけないことを口にする。
「これからは渋滞が酷くなりますから、ホテルに帰るのに2時間はかかるでしょう。それなら拙宅(この言葉を使った)で食事をしませんか?」
サワコは怒るかもしれながなかなかない機会なので、受けることにした。

ステファンは市内にある駐在員用のマンションに住んでいる。家賃は1,300ドル(会社持ち)メゾネットタイプの約80m²でプールもあり、ショッピングモールとも隣接している。ステファンの年収は4万ドルを超えていてインドネシアのサラリーマンとしては相当の高給取りだ。オサム君によれば社長のT氏は相当シブチンらしいが、その彼がステファンにはかなりの高待遇でステファンの優秀さがよく分かる。

ステファンは5人家族。構成は妻と子供(男の子、女の子、女の子)そして実の母。子供は上から小学5年生、小学2年生、1歳。ドアを開けると、家族全員が迎えてくれる。長男は小学校3年生まで日本の公立学校に通っていたから流暢な日本語で挨拶をしてくれた。

聞けばステファン夫婦は大学卒業後そのまま日本の銀行に就職し2年前まで東京で働いていた。ステファンが高給取りなのは過去の経歴も関係しているのだろう。お母さんも大卒で数年前まで学校の先生(英語)をしていたので綺麗な英語を話すし、「孫と日本語で話したいから」と言って日本語を勉強中とのこと。少なくともジョーのメチャクチャな英語よりはマシな日本語を話す。要するにインテリ家族なのだ。

食卓にはインドネシア料理が並んでいた。ステファンによればお母さんも奥さんもグットクッカーだという。普段は飲まないというが、ジョーのためにビールも用意してくれた。みんなで乾杯した後は料理に舌鼓をうった。全てが口に合った訳ではないが、もてなしの心が感じられる料理だった。

インドネシア料理の特徴は様々な種類の香辛料を使うことだ。そしてサンバル(インドネシアのチリソース)を好み加えながら食べる。イスラム教の国なので、豚肉は手に入りにくい(売っているところが限られていて、しかも高い)が鶏肉は特に美味しかった。昨夜のホテルレストランでの食事に比べるとローカル色が滲み出ていて匂いも辛味も強めだがこれが本来のインドネシア風なのだろう。締めは麺ミーヤムという名の鶏ソバだ。各家庭で味が異なるようだが、ステファン家のそれは優しい味で締めにピッタリの味付け。気に入った!

もちろん料理だけでなく、奥さんや子供(特に長男)とも日本語で話すことができたので会話が弾んだ。特に長男は年齢以上に大人びていて、日本の小学校時代の思い出を聞かせてくれた。今でもオンライで定期的に話す友達もいて、来年春には日本の友達に会いに計画もあるそうでとても楽しみしているという。そして大学は両親と同じくICUに留学したいとのこと。それを聞いたステファン夫婦の嬉しそうな笑顔が忘れられない。

楽しい時間はあっという間に過ぎる。GRUBで帰るつもりだったが、ステファンが送って行くという。本来なら辞退すべきだが、ステファンとはまだまだ話したいことがあるから、お言葉に甘えることにした。

車中でも話が弾んだ。話の中心は首都移転について。
今、インドネシアではジャカルタ一極集中を解消するため、首都移転計画を進行中だ。既に一部政府機関は移転したが、約20年をかけての移転計画なので、計画通り移転が進むかは予断を許さない。ステファンは移転推進派だが「この移転の成否が次の世代の命運を決めます」と考えている。

ジャカルタ移転に根強く抵抗するグループがいるようだが、ステファンによれば避けて通れない問題だという。一番の理由はジャカルタの地盤沈下が進んでいること。急激な都市開発により、大量の地下水を汲み上げたことで地盤沈下が深刻化した。現在では市内の60%が海抜0メートルになっている。インドネシアは無人島を含めると数万の島から構成されているからジャワ島、特にジャカルタへの一極集中はかつては合理性があったというのがステファンの意見。だからこそ首都移転が成功すれば、さらなる経済成長が期待でき、東南アジアの盟主になれると信じているようだ。成否はともかくとして人々の熱気、活気が凄さは数日間の滞在でも実感できた。

ホテルに近づいた頃話題はステファンの子供たちの話になった。インドネシアでは罰則規定はないけれど、「子供は2人で充分」という政府のキャッチフレーズがある。人口過多はインドネシアにとってはむしろマイナスで産児コントロールをしているのだ。3人の子持ちであるステファンは「2人では足りなかった」と笑う。子煩悩でどの子も可愛がっているが長男には特別な期待をかけている。

確かに利発な子で、自分の意見をはっきりと言える大人びた子でもある。「僕のお祖父さんがそうだったように日本とインドネシアの架け橋となるような人間になってもらいたい」とはステファンの言。それなら一肌脱ぎましょうかということで、ジョーが「来年日本に来る時、僕の家なら泊めるから是非」というと大袈裟に喜んで「長男に話してみます」と言ってくれた。旅は人間関係も拡げてくれる。オサム君に誘われてやってきたけど、誘いに乗ってよかったな。

ホテルに着くと11時近くになっていた。これから自宅へは1時間以上はかかるから、ステファンがベッドに入る頃は日付が変わっている。何かお礼をしたいと思ったけれど、現金の他に思いつかない。失礼かとも思ったけれど、「子供たちのために使って」と言って無理やり受け取ってもらった。再会を固く誓って別れた。

⑧   その後のホテルライフ

部屋へ帰ってから今日あったことをサワコに話した。家に招待されたことを羨ましがったが「私が参加したらややこしいことになっただろうね」と言って特に怒ることもなかった。
半露天となっているバスに浸かりながらお互いの日常についてあれこれ話した。サワコはジョーの新規事業?に興味を示し、根掘り葉掘り聞いてくる。ジョーは少し盛りながら面白おかしく話した。

今度はサワコの番だ。短期滞在の予定だったバンコクでヘッドハンティングされ、そのままタイに住み着いている。ご飯も美味しいし、少しだけ猥雑な空気感も大好きだそうだ。一方で仕事は外資系の金融機関だから、結果を求められるし、激務でもある。その代わり給料は高く、福利厚生も充実している。日本の企業と大きく異なるのは、長期休暇がとりやすくリフレッシュするのもまた能力のうちと見なされる事だという。

「今度の休暇はどうしようかと思っていたところなのよ。だからジョーが誘ってくれてとっても嬉しかった」
もちろんリップサービスであることはわかっている。でも嬉しいし、こういう抜かり?のないところがサワコの魅力でもある。

一通り話が終わればやることは一つだけ。どちらともなく、近づき、キスを繰り返し、お湯をひょっこりひょうたん島並みにチャプチャプさせる。サワコの口からは官能的な声が漏れる
正直にいうとジョーは宇宙倶楽部に入会するまでセックスが好きじゃなかった気がする。もう少し正確に言えば何をどうすればいいかわからなかったのだ。行為に没頭できないし、早漏だからすぐ終わるし(苦笑)。それでいて妄想力は人一倍だからややこしいことになる。

宇宙倶楽部に入会してからは今更ながらだけれど、セックスの魅力に目覚めた。もちろんお手当がメインの目的であることを忘れてはいけないが、女子の中にはセックスが大好きで、その技量にも優れている女性が少なくないと思う。サワコもその一人だ。あんまり俗な言葉は使いたくないけれど、サワコほど感度の良い女性を知らない。ジョーとの拙い性技であっても優しくゆっくりとしたタッチと愛撫を繰り返すだけで絶頂に達してしまう。もちろん演技である可能性もあるが、もし全てが演技であるなら、ジョーは何も信じられなくなるだろう。

結局ここには3泊した。ホテルにはいくつものアトラクションが用意されているから、飽きることはない。サービスは完璧で、心配りのできるスタッフばかりだ。と同時に有名な観光スポットはボロブドゥール遺跡プランバナン寺院群だけで、アマングループの基本思想である宿泊者を長期滞在させるためにも数種のアトラクションを用意しているのだろう。

ヨガ教室にアロマテラピー、ティーセレモニー、農業体験、イスラム教体験そして陶芸教室と盛りだくさんで、しかもどれも文句の付けようがない。しかしオンリーワンの経験かと言われれば疑問だ。良いホテルであることは間違いないが、値段を考えると再訪するかと言われれば躊躇する。今回の旅ではホテル代等だけで7桁を突破し、フライト代とお手当を含めると7桁の先頭は2となった。

だからなのか最終日サワコにお手当を手渡すとき(お手当は手渡しにしている。アリガタミが違うと思っているので。合掌)いつも以上に感謝され、「こんなに贅沢をさせてもらった上にお手当全部は貰えないよ」と言いながら半分返そうとしている。ジョーは心の中で、「全額じゃないんか~い!」とツッコミながらも心とは正反対のいつものセリフを吐く。

「男が一旦出したもの、引っ込められか!」。

今回も決まった(笑)。良い旅だったね、サワコ。

このカテゴリーの関連記事

  • 外部ライターさん募集
  • ラブホの上野さん
  • YouTube UNIVERSE GROUP
  • コラム シンデレラ
  • パパ活匿名質問箱
  • スタッフブログ
  • 漫画でわかる交際クラブ
  • ユニバースサポート
     素敵な男女の出会い 素敵な出会いに申し込む